2019年12月30日月曜日

初日の出スポット


さて初日の出に行くとしたら。

近郊のスポットとしては
まず五家原岳がありますね。

一番上まで車で行けますし
トイレもあります。

そして五家原岳から下ってきたら
ぜひここに寄っていただきたい。



『諫早市こどもの城』から
400~500メートルくだったあたり。

『なんだこれ?』
と思われるでしょうが
実はこの無人販売店
すさまじい速さで売り切れる
超有名店なのです。

それもあっという間に。

上り側の車線に駐車スペースがないので
一端上にあがってUターンするんですが。

上る時は山のようにみかんがあっても
下りてくると空っぽになっている。

この前も目の前で二人組の女性の方が
乗用車で来て全部買って行きました。

ショップオーナーさんによると
ここのみかんが一番おいしいのは
1月だそうです。


ほかにもショップはたくさんあるので
食べ比べてみると楽しいと思いますよ。





もうひとつの初日の出スポットは
雲仙ロープウェイ。

もちろんその時間には営業してませんが。


先日行ったときは
名物の樹氷は見られませんでした。

年末年始は天気も良く
かなり冷え込むようなので
期待大です。


観光シーズンは渋滞するそうなので
早めに行って早めに帰るのが
よさそうですね。


看板の後方一番高い所に
ロープウェイの駅があります。



国立公園なので自動車は入れません。

広い駐車場がありますので
ここにとめてロープウェイで頂上へ。

















2019年12月29日日曜日

かまあげ生パスタ


『かまあげ生パスタ・ぱすたろう』。

国内で20年修行してきたシェフが
満を持してオープンさせたパスタのお店。

この前をよく通るのですが
午後2時、3時でもいつもお客さんがいる。

この日も昼食時はとっくに過ぎてましたが
お客さんがいらしたため
店内は撮影できないので外観だけ。

昼食以外でもちょっと寄りたいお店
なのかもしれませんね。


以前ここはコンビニだったのですが
いつの間にか閉店。

近くにはつぶれた工場などもあって
限界集落みたいな雰囲気に。

(もっとも遠竹方向に人は住んでますけど)

ちょっと暗くなったなーという雰囲気の時に
この『ぱすたろう』ができたのです。

すると街道がぱーっと明るい雰囲気に。

漁港が近いので
鮮魚センターもありえたと思いますが
ほかにもカキ焼きなどがたくさんあるので。

おしゃれなレストランというのは
かなり目立つのです。


今や観光名所と化している
フルーツバス停。

撮影するついでにおすすめ。










2019年12月24日火曜日

冷凍車の御用聞き

昨日、冷凍車の御用聞きに回らせていただきました。

不思議なことにその会社さん
冷凍車のある運送会社さんと
取引があるんですよ。

冷凍車そのものはある。
しかし今すぐ走れる冷凍車がない。

だから聞かれたわけですね。
『緊急輸送できる冷凍車がないか』と。

冷凍冷蔵車はたまに問い合わせが来るので
なにかしら不便を感じている人が多いのかも。


またその冷凍車の会社さんからも
ちょっとした話がありました。

一度冷凍して後で壁の氷が解けると 中がびしょびしょになってしまう。 だから冷凍車は冷凍ものを専門に積みたい。
すると空荷で戻ることが多くなる。

宮崎県や鹿児島県あたりまで行くので
冷凍車を欲しいという話があったら教えてほしい
とのことでした。

県外の会社さんにも聞いてみよう
かと思います。


仮に軽の冷凍車の場合
車両価格は約2倍。 燃費は半分だそうです。

つまり普通は
車100万リッター10キロ走るのだとすると
冷凍車では車200万リッター5キロ。

仮にうちの運賃で計算すると 1件5万円の売り上げがあったとして まずガソリン代が2万円を超える。 償却整備費保険料その他を引くと 利益は20~30%といったところ。
月の売り上げ50万円あったとして
手元に残るのが15万円。

帰りに自分で高速を使えば
それも自己負担ですから
使わず下道で約3日。

そうすると日当5000円
みたいな数字になりそうです。

しかもその依頼がいつ来るかわからないとなると 維持するのは至難の業ですね。






2019年12月22日日曜日

営業マン不要の時代



朝倉千恵子さんの本を借りてきました。 『まず、手を上げなさい!』 この中にも、インターネット、メール 手紙、電話、そして直接会うことについて 書かれてます。

メールは早くて簡単ですが、影響が浅い。
手紙の方が印象に残る。

メールだと徐々にコミュ力が退化してゆくが
電話は説明力が必要なので効果は上。

確かに
人の声は文章の数千倍頭に残る
と言ってる人も見たことがあります。

そして直接会うこと。

服装身なり、顔や態度もすべて見える。
どんなにメールの文章が素晴らしくても
本人がみすぼらしかったらどうか。



最近は『営業マンが不要な時代』 と言われているようですが。 もし朝倉千恵子さんのセミナーを 受講していなかったらぼくも そう思ってたでしょうね。

2019年12月21日土曜日

諫早市に2トン4トンあります

昨日の長崎市営業回りは
60社ほど回らせてもらいました。
ありがとうございました。

営業回りしているときは
こちらが名刺とチラシを
置いてくるだけなんですが。

大きな会社の取締役の方から
名刺いただいたりするんですよ。

そういう時はうれしいですね。

断られるのが当たり前
営業回りですから。


それで後で名刺を並べてみると
どこかでつながってるように見える。

そして実際に
いただいた名刺から
何か始まることが多いです。


例えばある会社で
2トン4トン車を探されていました。

来年事業を大きくするそうで
だから今後車が足りなくなるのが明らかだと。

それであちこち聞いて回ってたですが。

それより先に
営業に回った運送会社の方から
名刺をいただいていまして。

そちらに電話したところ
別の運送会社を紹介していただき
見事に2トン4トン車がみつかったんですよ。

紹介先の運送会社の方に『いいですよ!』と
快諾してもらいました。

近いうちに報告に行きたいと思ってます。


この御用聞き回りを
始めてから気が付いたのは
その人にプラスになる話は
必ず本人に会って話すということ。

これは電話やメールじゃダメですね。
やっぱり。

諫早市に冷凍冷蔵車あります

『冷凍冷蔵車ない?』
営業回りしていたら
1日に2件問い合わせがあったのです。

また別の運送会社に聞いてみたところ
責任者の方からも『諫早市では冷凍冷蔵車が少ない』
そういう話がありました。

その会社でも
他の県はクール便をやってるそうですが
諫早市は車がないのでクール便がないとのこと。

それでまったく関係ない自分が
冷凍冷蔵車を探してみようと。

長崎市に行く途中で飛び込み営業。

普通は『仕事ください』というのが営業ですが
『仕事はあるんですけど走れる車ないですか』
という不思議な営業。


こういう困りごとがクリアされれば
物の流れがスムーズになりウインウイン。

みんなハッピーになれますからね。

行ってみましたら
代表取締役の方とお話しすることができ
ものすごくいい話をいただいたんですよ。

とにかくこの収穫が大きかった。

冷凍冷蔵車の問い合わせしてこられた方に
なるべく早くお知らせしたいと思ってます。
喜んでもらえたらいいですね。

それに冷凍冷蔵車というと
食品というイメージが強いのですが
食品でない荷物もけっこうあるそう。

イベント会場でかき氷の屋台をするお店が
冷凍車をチャーターしてその中に氷を入れて営業。

残った分は冷凍庫へ戻したり
といった保管サービスも行っているそうです。

またこれはこちらからの質問で。

例えば、地質調査ではボーリングした土を
冷凍した状態で研究室に運ぶのです。

こういうものはどうかと聞いてみたところ。

中身が外に出ない、車が汚れない状態なら
冷凍車で運ぶのはOKだそうです。



長崎市で御用聞き

おはようございます!
昨日は長崎市に遠征してきました。

諫早市の運送会社さん
から紹介された会社さん
からの紹介。

紹介の紹介の紹介で
いろんなところから
いろんな話が集まってくる。

『2トン4トンどこかにない?』
『冷凍冷蔵車どこかにない?』
『ちょっとした仕事なんだけど』
『あそこに聞いてみれば』
『大村のセンター行ってみれば』
『島原から帰り車あるけど』

不思議なものですよねぇ。

そういう紹介が4件、5件、6件と
どんどんどんどん積み重なってくのです。


2019年12月16日月曜日

朝倉千恵子先生の衝撃

先日セミナーに参加した
株式会社新規開拓の
朝倉千恵子先生の衝撃が
なかなか抜けきれないですね。

ネットで下調べはしていたので
保険のおばちゃんみたいな人が
来るのかと思ったら。

モデルさんみたいな人だったので
あまりのギャップに。


YouTubeで見るのとは別人。


『初対面の第一印象は6秒で決まる』

セミナーの中でこういう話が出てましたが。

こちらは朝倉先生見て3秒で目が釘付け(笑)。


当然セミナー費用もお高いそうですが
『あれだけの人よくお願いできたね』と
商工会議所の担当さんに後で言ったくらい。

商工会会員は参加費無料でしたが
無料が申し訳ないくらい濃い内容でした。

2019年12月15日日曜日

シンクロニシティ

2019年11月1日に独立。
自分の看板を上げたのですが。

いきなり襲ってきた小さい不幸。

1、パソコンが壊れた。

市内のPCドクターさんへ行って
診断してもらいましたが
その後再起不能へ。


2、ホームページが出てこなくなった。

もう一台で作成してたHP
突然更新できない状態に。

調べたら容量不足で
画像が表示されない。

大慌てでWIXに移行。


3、新制服が消滅した。

ある運送会社さんの制服をお手本に
新しい制服を作ろうと考えていたところ

なんとそのデザインが廃版に。

仕方がないので
市内の作業服屋さんで急遽購入。


4、伝票の原紙が突然品切れ。

即日発送が当たり前の通販会社
珍しく発送できず。

1週間待ちのはずが
10日過ぎても在庫切れ。

伝票が印刷できないので
営業回りに出ることができず。


しかしこうやって並べてみると
ピンチだと思ったことが
後でいい結果を生んでいるのです。

いい方向へ向かっている
そんな気がします。







2019年12月14日土曜日

チャーター便のキャッチフレーズ。


長岡造形大学情報リテラシー講師 イーンスパイア株式会社代表取締役 ネットビジネスアナリスト 横田秀珠(よこたしゅうりん)先生からの宿題。 『キャッチフレーズを考えよう』 これに取り組んでます。

そこで先日諫早図書館で本を借りてきました。
『バカウケキャッチフレーズ で仕事が10倍うまくいく』 著者中山マコトさん。 キャッチフレーズを作る方法が 段階的にわかりやすく書いてあって なかなかよい本です。



目に見えないものを売る

例えば自動車、服、料理、家といったものは
目に見えるわけですよ。

売るのは大変だと思いますけど。

『家ってどんなものだっけ?』
という人はまずいない。

今はアパート住まいでも
将来こんな家に住みたいって絵が描けます。

自動車もあれだけ車種がありますが
好きなタイプの車の絵を描くことくらいは
誰でもできる。


ところが運送業って、物を運ぶだけですから
『運送屋さんで売ってるものを描け』
と言われてもまず思い浮かばないでしょう。

自分も売るものはないんだと思ってました。



それが昨日のセミナーで
株式会社新規開拓の朝倉千恵子社長さんが
ホワイトボードに『型』と書かれたんですね。

その時『あっ、売るものがあった!』と
今まで知らなかった世界に
ワープした感じでしたね。


2019年12月13日金曜日

株式会社新規開拓の朝倉千恵子社長




諫早商工会議所主催
株式会社新規開拓 朝倉千恵子社長の
セミナーを受講してきました。

『才能がなくても営業力は身につく』

朝倉社長のお言葉で
自分に足りないものがはっきりと。

株式会社新規開拓の朝倉社長は
人と直接会う営業のプロフェッショナル。



一応、YouTubeで下調べして行ったのですが
同じような内容でもぜーんぜん違いました。

朝倉社長のセミナー会場はまるでライブハウス。
こればかりは実際に観てみないとわからない。

諫早商工会議所のセミナー
すごい人ばっかりですよ。



2019年12月12日木曜日

諫早公園

今日の眼鏡橋。


奥のもみじがいい感じに。
ほかにも写真を撮ってる方がいました。

この場所にはカメラを置ける
スタンドが設置されてます。

スマートフォン、タブレットも
立てられます。

端末を持たなくていいので楽。
なので、いつもここから撮影。






日陰のもみじはこれから
というところ。


まったく知られていない緊急輸送チャーター便

最近は一日10~15社
ほぼ毎日会社回りさせていただいております。

会社訪問させていただいて『緊急輸送の・・』
と言っても『はっ?』という反応が当たり前。

これが『宅配の』『引っ越しの』となれば
『はいはい、わかります』となるんでしょうけども。

つまり『緊急時の輸送』という概念自体が
こちらには浸透していないわけですね。

前に被災地へよく出動していたころは
通常のお仕事をいただいているお客様から
『行くんですね』と言われたものでした。

本州では県庁から直接
緊急輸送の依頼が来るようです。

そこまで認められるには
相当な苦労があったわけですが。

そして企業の依頼を受けて
他の県に助けに行ったりもしてます。

東日本大震災の時は自分も
東北の秋田県を除いたすべての県に
食料や機材を運んでました。

また平常時に警察の白バイと
合同練習している県もあるようです。

『緊急時に物資を輸送する』という業務が
軽貨物運送業の仕事のひとつとして
捉えられてるのですが。

この常識が九州には
まだ届いてないのですね。

だったら
『宅配』『引っ越し』やるより
『緊急輸送』をメインにと思うわけですよ。

だってこちらでは
誰もやってないんですから。


停電が10日続いても携帯で通話ができるように考えています。

阪神・淡路大震災が発生したのは1995年。   その翌年、弊社は軽貨物運送業をはじめました。   数年後 仕事で淡路島を通る事があったのですが。   道路などの復旧は進んでおり 地割れなどの跡が生々しく残っていました。 ところがそこで 携帯の...